雑記帳

「高画素機はブレに弱い」は本当か

写真を生業としていると、機材にまつわるもっともらしい話を耳にすることがある。
そのひとつが、「高画素機は手ブレに弱い」という話だ。

一見、もっともらしく聞こえる。
高画素機で撮影した画像を等倍で確認すれば、わずかな手ブレやピントのズレ、レンズの甘さまで、より詳細に観測できるからだ。

私自身、中画素機のα9も、高画素機のα7RIVも使っている。
そのうえで、私は「高画素機はブレに弱い」という言い方にはかなり違和感がある。
高画素機だからブレるわけではない。ブレをより細かく記録しているだけである。

「高画素機はブレる」のではない

手ブレや被写体ブレは、カメラの画素数によって発生するものではない。これは、考えてみれば当然のこと。
同じレンズ、同じシャッター速度、同じ撮影姿勢であれば、センサー面に結ばれる光学像のブレ量は基本的に同じ。
変わるのは、それをどの細かさで記録するかだ。

高画素機では、細かな像の乱れまで記録できるため、ブレの有無だけでなく、その方向や幅も確認しやすくなる。
一方で、低画素機では同じブレ量でも、それが画素の粗さの中に埋もれてしまう。
つまり、高画素機はブレを増やしているわけではなく、同じブレを、より細かく見せているだけということだ。

低画素機はブレを隠しているのか

低画素機では、1ピクセルあたりが受け持つ範囲が広くなる。
そのため、わずかな手ブレやピントのズレ、レンズの甘さは、粗いサンプリングの中に丸め込まれる。
その結果、「ブレていない」ように見えることがある。

しかし、それはブレが存在しないという意味ではない。単に、ブレを見つけるだけの解像度で記録されていないだけなのだ。
つまり、ブレ自体は全ての画素の中に内包されており、単に粗く記録されているに過ぎず、細かなブレを見つけにくいだけだと言えよう。
これはメリットというより、むしろ確認能力の低さとも考えられる。

高画素機は、粗を暴く

高画素機は、撮影者に厳しい。手ブレも、被写体ブレも、ピントのズレも、レンズの甘さも、かなり正直に見せてくる。
ブレの有無だけでなく、その方向や幅まで確認しやすい。
つまり、わずかなミスが見えてしまう。しかし、それは欠点というより、確認能力の高さと言えるだろう。

1画素カメラならブレないのか

極端に言えば、「高画素機はブレが目立つから不利」という理屈は、「4K動画はブレが見えるからSD画質のほうがよい」と言っているようなものだ。
もちろん、そんな理由でSD画質を選ぶ人はほとんどいないだろう。

さらに突き詰めれば、1画素しかないカメラは手ブレしない、ということになってしまう。
センサー全体で1画素、つまり受光素子が1つしかない場合、カメラがどれだけ激しく動いても、記録されるのは「その瞬間の画面全体の平均光量」という一つの数値だけ。
見えないものを「存在しない」と考えるなら、1画素のカメラが最強ということになってしまう。

もちろん、そんなわけはない。実際には、ブレていないのではなく、ブレを確認するだけの情報が記録されていないということ。つまり、微細なブレが大きな画素の中に平均化され、飲み込まれている(内包されている)ということだ。

ブレが見えないことと、ブレていないことは違う

だから私は、「高画素機はブレに弱い」という言い方には賛成しない。

正確には、高画素機はブレを増やすのではなく、ブレを見つけやすくする。
そして低画素機はブレに強いのではなく、ブレを見つけにくいだけである。

もちろん、高画素機を使うなら、撮影時の精度はより問われる。
シャッター速度、構え方、ピント精度、レンズ性能。
そうした要素の粗が、低画素機よりも見えやすくなるからだ。

しかしそれは、高画素機が劣っているという意味ではなく、むしろ、記録された情報をより細かく確認できるということだ。

高画素機は、ブレを増やすカメラではない。
ごまかされていたものを、見えるようにしてしまうカメラである。

そこが厄介であり、同時に面白いところでもある。

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